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新潟地方裁判所 昭和59年(ワ)518号 判決 1987年5月26日

原告(反訴被告)

原田漁業株式会社

右代表者代表取締役

原田行雄

右訴訟代理人弁護士

高島民雄

被告(反訴原告)

西山茂

右訴訟代理人弁護士

原和弘

主文

本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、金四二〇万円およびこれに対する昭和五九年一〇月二八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

本訴原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。

反訴原告(本訴被告)の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は、本訴、反訴を通じ本訴被告(反訴原告)の負担とする。

この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、金二一二〇万円およびこれに対する昭和五九年一〇月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、本訴被告(反訴原告)の負担とする。

仮執行の宣言。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

本訴原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

訴訟費用は本訴原告(反訴被告)の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

反訴被告(本訴原告)は、反訴原告(本訴被告)に対し、金一二四九万六〇〇〇円およびこれに対する昭和六一年八月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は反訴被告(本訴原告)の負担とする。

仮執行の宣言。

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

反訴原告(本訴被告)の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は反訴原告(本訴被告)の負担とする。

第二  当事者双方の主張

一  本訴請求の原因

(一)  原告原田漁業株式会社(以下「原告会社」という)は昭和五五年七月一四日、被告から別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という)をレストラン(食堂)営業の目的で、賃料一か月金六〇万円、期間は、昭和五五年八月一日から同六二年七月三一日までの七年間の約定で賃借し(以下「本件賃貸借契約」という)そこで、レストラン「かに船」との商号で営業を開始した。しかし、その後の営業が思わしくなく、そのため、原告会社は、被告に対し、昭和五九年七月二五日到達の書面で、同年九月末日をもつて借家権を放棄する旨の意思表示をなし、右九月三〇日被告に本件建物の鍵を交付して、本件建物を明渡した。

(二)(1)  本件建物の当初の賃借人である訴外鳥忠は、昭和五四年八月ごろ被告の同意を得て、本件建物につき金三、一〇〇万円を投じて「①外構工事、②家具工事、③木製建具工事、④塗装工事、⑤内装工事、⑥看板工事、⑦電気工事、⑧給排水衛生ガス工事、⑨冷暖房工事、⑩厨房設備工事等」(以下「本件鳥忠の造作」という)を施したが、これらは、いずれもレストラン用店舗としての本件建物に付加されて、客観的便益を付与しているものであつて、借家法第五条の「造作」にあたる。原告株式会社は、本件借家権承継にあたつて、これら造作設備一切を、被告の同意のもとに訴外鳥忠より総額金一、五〇〇万円で買い受けた。

(2)  そして、原告会社は、昭和五五年八月、これも被告の同意を得て、本件建物につき、金八三六万一三〇〇円を投じて、「①改装工事、②木土工事、③家具等取付工事、④左官工事、⑤電気給排水ガス空調工事、⑥厨房設備、⑦造園設備工事等」を施工し、これらも右同様、「造作」と思料されるものであるが、これら本件造作工事が、昭和五九年九月三〇日以降造作として、買取請求の対象となる物件は別紙物件目録記載の①ないし⑨の各物件(以下「本件造作等または本件①の物件」等という)である。

(三)  本件造作の評価

(1) 評価の基本的方法としては、各種造作設備を税法上の法定耐用年数別に分類し、これに経過年数四年の減価償却計算をし、定額法ないし定率法による残存価格を算出し、さらに右金額に、一部改装による減価、原告において造作外と判断し、明渡しに際し搬出した物品の価格相当額の減価を考慮して、その平均値を求めたものである。

(2) 訴外鳥忠よりの承継造作については、原告会社取得価格一五〇〇万円に四年の減価償却計算をすると、定額法による残存価格は、一〇五九万九七〇二円、定率法のそれは、七八〇万八六六八円、これに原告会社の改装工事による一部毀損による減価二五パーセント、原告会社が、明渡にあたり搬出したアンプ、プレーヤー等電気製品、電子レンジ等厨房用品等の減価をそれぞれの手法に従つて計算すると、定額法による価格は九六二万三五二七円、定率法のそれは六五八万八七一九円となる。

(3) 原告会社が実施した本件造作については、取得価額八三六万一三〇〇円をもとに、同様の減価償却(経過年数四年)をすると、残存価格は定額法の場合は五五五万一四二二円、定率法のそれは、三五八万〇五三一円となり、これに原告が本件建物明渡時搬出した座卓、衝立て、レジカウンター、冷蔵庫等の物品の減価をそれぞれの手法に従つて差し引くと、その価格は、定額法の場合は四九〇万二三一〇円、定率法のそれは三一八万五四九七円となる。

(4) 右(2)、(3)を合計すると、本件造作設備の残存価格は定額法によつた場合一四五二万五八三七円、定率法の場合九七七万四二一六円となる。

右二通りの方法による額の平均値金一二〇〇万円(一二一五万〇〇二六円)をもつて、本件造作設備の相当代金と考える。

(四)  原告会社は、本件建物明渡後の昭和五九年一〇月二日到達の書面をもつて、被告に対し、代金一二〇〇万円で、本件建物に付加した造作である別紙物件目録記載の造作設備につき、借家法五条に基づき、造作買取請求権を行使する旨の意思表示をなした。

(五)(1)  原告会社と被告との間には、本件賃貸借契約について、昭和五五年七月一四日付で建物賃貸借契約書を作成し、右契約書の第六条には、「事由の如何を問わず、乙(借主たる原告)が七ケ年に満たない時点で本契約を解約するときは、甲(貸主たる被告)は保証金(金一〇〇〇万円)の内金七〇〇万円の返還義務を免責される。」との約定(以下「本件約定」という)がある。

(2)  そこで原告会社は、昭和五九年九月三〇日に本件賃貸借契約による賃借権の放棄により保証金一〇〇〇万円のうちの金三〇〇万円の返還を請求することができるが、右金員から、昭和五九年二月に当事者間に成立した別途賃料支払契約により原告会社が被告に対して負担している金八〇万円の支払債務金を控除した金額である金二二〇万円の支払いを求める。

(3)(イ)  本件契約によつて、原告会社が被告に支払つた保証金は、敷金としての性質を有する外、借主がその都合で賃貸借契約が解約される場合に貸主に生ずることあるべき損害の填補を目的とした損害賠償の予約と解されるところ、右金七〇〇万円は、本件賃料の約一年分に相当し、不当に高額であり、原告会社の前の賃借人である訴外株式会社鳥忠(以下「訴外鳥忠」という)がわずか一年足らずでその営業を断念せざるを得なかつたように、社会経済の変動が激しく長期にわたる将来を予測し難い情勢の下で、七年間の長期にわたつて、いかなる赤字が累積しようとも、その賃借を強制する点で、借主にとつては、奴隷的に拘束されるという状況下で著しく不利益な契約というべきであり、さらに、本件賃貸借契約においては、貸主の都合で契約が中途解約される場合については何らの賠償措置の定めがなく、全く一方的に借主の不利益にのみ定められたものであること、加えて、被告は、本件において原告会社が、被告に損害の発生がないよう事前に新たな賃借人を探し、原告会社に代つて賃借人となることを確認の上、本件賃貸借契約の解約を申し入れているのに対し、右七〇〇万円の没取のため、自ら一切の交渉を断つたものであること、原告会社は二ケ月以上の猶予期間を置き、十分な準備期間を保障して本件解約申し入れに及んだに拘らず、被告は一年分の賃料没取条項に甘んじて何ら新たな賃借人募集の手段を講じていないことなどの事情を考慮すれば、本条項の趣旨、そして右事情から窺われる被告の意図などからして、右金七〇〇万円もの金員の本件没取条項は、公序良俗に反する無効なものと言わなければならない。

すなわち、右金七〇〇万円の没取条項は借家法の趣旨に反する暴利行為であり、公序良俗に違反し、無効と解すべきである。

(ロ)  仮に右没取条項が無効でないとしても、本件契約をめぐる左記事情からして、被告が金七〇〇万円の返還を拒むことは、権利の濫用として許されない。

① 本件賃貸借契約は、わずか一年にして本件建物での営業を放棄せざるを得なくなつた訴外鳥忠から、原告会社が新たな賃借人として承継したものであり、原告会社の承継により被告も賃料収入の継続的確保が図られたものであること。

② 訴外鳥忠と被告間の賃貸借契約にも、本件契約より更に借主に不利な保証金一〇〇〇万円全額没取する旨の条項があつたに拘らず、被告は右承継に際しては、これを全額訴外鳥忠に返還していること。

③ 右経緯を知る原告会社が、契約の文言に拘らず、仮に将来経営にいきづまる事態となつても、右同様の処理に被告が応じてくれるものと期待するのも当然であること。

④ 本件建物は、前記のとおり、当初からレストラン用店舗として設計建築されたもので、それ以外の用途は考えられず、建築後五年を経過しただけで、被告の直営か、新たに賃借人を募集するかはともかく、今後とも同様の用途に供されるものであること。

そうである以上、空白をおかず、残存期間を同一条件で賃借してくれる承継人が存する限り、被告には何らの損害も生じないものであるに拘らず、被告は、承継人を確認した上でする原告会社の本件解約申し入れを一切聞き容れず、専ら保証金没取の、ためにする対応に終始したものであること。

⑤ 前述のとおり、損害賠償の予約としては、金額は余りにも過大であり、かつ一方的に原告会社に不利益であること。

(4)  そこで、原告会社は、被告会社に対し、預け入れ保証金一〇〇〇万円から、原告会社が被告に支払うべき金八〇万円を控除した金九八〇万円の返還を求める。

(六)  よつて、原告会社は、被告に対し、預け入れ保証金の返還金九二〇万円、本件造作代金金一二〇〇万円の合計金二一二〇万円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五九年一〇月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  本訴請求の原因事実に対する認否

(一)  請求の原因(一)の事実は認める。

(二)(1)  同(二)(1)の事実中、訴外鳥忠が本件鳥忠の造作に投下した金額、原告会社が昭和五五年八月に訴外鳥忠から本件造作等を金一五〇〇万円で買受けた事実はいずれも不知、右の買受けに被告の同意を得たとの事実は否認し、その余の事実は認める。法律的主張は争う。

(2)  同(二)(2)の事実中、原告会社が昭和五五年八月ころ、本件建物に、金八三六万一三〇〇円を投じて、①改装工事、②土木工事、③家具等取付工事、④左官工事、⑤電気給排水ガス空調工事、⑥厨房工事、⑦造園設備工事等を施工した事実は不知、右工事に被告の同意を得たとの事実は否認し、その余の事実は争う。

(三)  同(三)の(1)ないし(4)の事実はすべて不知。

(四)  同(四)の事実は認める。

(五)(1)  同(五)の(1)の事実は認める。

(2)  同(2)の事実は認める。

被告は、原告会社が本件賃貸借契約を終了するにあたり、本件建物について原状回復義務を履行しなかつたため、右義務履行と同時に金二二〇万円を返還する旨主張したのである。

(3)  同(3)(イ)(ロ)の事実はすべて争う。

三  相殺の抗弁

被告は、原告会社に対し、後記反訴の請求原因のとおり、本件建物に関する本件賃貸借契約の終了後である昭和五九年一〇月分から同年一二月分までの賃料相当の損害金一九八万円と、昭和六〇年一月分の賃料相当損害金の内金二二万円の合計金二二〇万円の損害賠償債権をもつて本訴において、原告会社の預け入れ金債権とその対当額で相殺する。

四  抗弁事実に対する認否

右事実は争う。

五  反訴請求の原因

(一)  被告と原告会社間の本件建物に関する本件賃貸借契約は昭和五九年九月三〇日で原告会社の解約申入れにより終了した。

(二)  被告と原告会社間の本件賃貸借契約による本件建物の賃料は、昭和五五年七月から同五九年七月分までは、一か月金六〇万円、同年八月から三か年間は、金六〇万円の一〇パーセント増額の金六六万円とする旨の約定がある。

(三)  原告会社は、本件賃貸借終了後も、本件建物について原状回復することなく、別紙物件目録記載の各種設備、什器等本件造作を本件建物内に放置している。そのため被告は本件建物を賃貸借契約の対象として利用することを妨げられ、少なくとも、本件賃貸借契約の終了した昭和五九年一〇月一日以降、同六一年八月八日までの間毎月あたり賃料相当額の金六六万円の損害を蒙つている。

(四)  被告は原告会社に対し、昭和六〇年一月分の残金四四万円(右以前の賃料相当損害金は本訴請求における被告の抗弁で主張)と同年二月一日から原告会社が本件建物から被告の使用を妨げていた本件造作等の一部の物件を収去した日である昭和六一年八月八日まで、一か月あたり金六六万円(昭和六一年八月分は一か月三〇日として日割計算により、金一七万六〇〇〇円とする)の賃料相当損害金合計金一二四九万六〇〇〇円の請求権を有する。

(五)  よつて、被告は原告会社に対し、損害金一二四九万六〇〇〇円とこれに対する右金員の弁済期以後の日である昭和六一年八月九日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  反訴請求の原因事実に対する認否

(一)  請求の原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実は認める。

(三)  同(三)の事実中、原告会社が本件建物内に本件造作等を存置していた事実は認め、その余の事実は争う。

(四)  同(四)の事実中、原告会社が昭和六一年八月八日に、被告が主張する本件建物内にある本件物件中の①⑤⑧⑨の各物件の主要部分を収去し、被告が利用できる状況となつたことは認め、その余の事実は争う。

七  原告の主張

本件における保証金没取条項は、損害賠償額の予定としての性質を有するというべきである。

そして、本件建物の明渡しの遅延は、被告が、一見明白にして借家法に違反する造作収去条項を楯に、すべての造作設備の収去を要求して、被告が買取り義務を認める造作の範囲、当該造作の代金額の決定等に関する一切の話し合い協議の余地を封じて今日に至つたことによる。

そうすると、被告に何らかの損害の発生が認められ、その請求が容認されることがあるとしても、その権利行使は、本件における保証金であり、損害賠償として予定された金七〇〇万円の没取、その限度にとどめられるべきであつて、名目の如何を問わず、その余の損害金請求権については、被告が契約上当然に返還義務を負う金二二〇万円の保証金との相殺ならびに反訴の請求はいずれも失当として、排斥されるべきである。

第三  証拠関係<省略>

理由

(本訴請求について)

一請求の原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、原告会社の主張する本件造作等について検討する。

まず、本件建物についての被告と訴外鳥忠との間の賃貸借契約と、被告と原告会社との間の本件賃貸借契約を締結した経緯について検討してみるに、<証拠>によると次の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1)  被告は個人で農業兼不動産業を営む者であるが、昭和五三年末ころから、被告の父親と新潟市内で大衆割烹店を経営する訴外鳥忠の役員との間で、訴外鳥忠がファミリー・レストランの経営をするため、その営業用の建物を建築して貸して欲しいと頼まれ、最初は断つたが、昭和五四年四月一九日ころ、訴外鳥忠と被告との間で、被告が訴外鳥忠の設計に従つて本件建物を建築し、その所有権は被告のものとなること、使用目的はレストラン営業とし、内装は、訴外鳥忠が自己の費用で行うこと、賃料は一か月金八五万円(その後営業開始までの間の一か月は金六〇万円とすることで合意ができた)、賃貸期間は、昭和五四年八月一日から同六四年七月三一日(契約書中には、昭和六三年七月三一日と記載があるが、これはタイプの間違いであること)までの一〇か年間とする賃貸借契約を締結し、その趣旨の契約書(乙第七号証)を作成したこと、その契約書中には、第四条で賃料については、右の契約時から五年間は据置きとし、その後三年間は一割増しの賃料、以後三年毎に従前賃料の一割増の賃料とする、第五条で右契約の保証金は金一〇〇〇万円を契約締結と同時に賃貸人(契約書には、賃借人となつているが誤記であろう)に支払い、契約終了時には、賃貸人は賃借人に無利息で右金員を返還する、第六条で事由の如何を問わず、賃借人が一〇年の賃借期限に満たない時点で右賃貸借契約を解約するときには、賃貸人は、保証金返還の義務を免責される。ただし、賃貸人の責に帰すべき事由により賃借人が解約する場合には、この限りではない。

第七条、第一〇条で賃借人は、賃借建物を善良なる管理者の注意をもつて管理し、店舗内部の保守、管理、修理費用を負担する。第九条で、賃借人が営業上必要とする店舗の模様替、造作変更等については、事前に賃貸人の文書による承諾を得たうえで実施すること、

第一五条で賃借人は賃貸人の文書による承諾がなければ、賃借建物の転貸、賃借権の譲渡をすることはできないとの趣旨の契約内容の合意がなされていること、

(2)  被告と訴外鳥忠間の本件建物についての賃貸借契約中、保証金に関する部分は、本件建物の建築は、設計は訴外鳥忠の発注で行うこととして、その建築費用は被告において負担することとなつたことから、そのために被告が同意しなければならない必要な金額の調達がかなり高額となり、そのため被告はその負担費用等を担保する目的のために訴外鳥忠の了解を得て設けられた条項であること、

(3)  被告は昭和五四年七月ころ本件建物を新築し、同月二五日付で所有権の保存登記をなした。本件建物は、鉄骨平家建瓦葺店舗で、その形状からすると住居用に使用するには不適といわざるを得ないという建築様式であること、そこで、訴外鳥忠は、昭和五四年八月一日ころから、本件建物で大衆割烹として営業を開始したが、同年一二月末ころからは客足が遠のき、そのために営業不振の状況となり、閉店のやむなきとなつたこと、

(4)  訴外鳥忠は、昭和五五年五月ころ、被告に対し、訴外鳥忠に代つて新たな賃借人として原告会社に本件建物を賃借させて欲しい旨申出をし被告としては、原告会社の本店が山形県鶴岡市にあり、新潟県の業者でないこと等から最初は断つたが、結局訴外鳥忠が、原告会社と被告との間の賃貸借契約に連帯保証人となることを条件にして、昭和五五年七月一四日、被告と原告会社との間で本件建物について、賃借人を訴外鳥忠から原告会社に交替することとなつたこと、本件賃貸借契約の内容として、その契約書(乙第八号証)には次のように合意がなされていること、

『第一条 甲(賃貸人たる被告、以下同じ)は後記物件目録記載の建物(以下単に賃貸建物という)を月額賃料金六〇万円、期間は昭和五五年八月一日から昭和六二年七月三一日までの七ヶ年と定めて乙(賃借人たる原告会社、以下同じ)に賃貸し、乙はこれを賃借する。

第二条 乙は賃貸建物をレストラン(食堂)営業の目的に使用するものとし、これ以外の用途に使用するときは甲の書面による同意を得なければならない。

第三条 乙は毎月の賃料を前月末日までに甲の指定する銀行口座に振込んで支払う。

第四条 賃料については、本契約の始期より四ケ年は据置くものとし、その後三年間は一割増しの賃料とする。

尚、契約を更新する場合の賃料額は別途協議して定める。

第五条 乙は本件契約の保証金として金一〇〇〇万円を契約締結と同時に甲に支払う(従前丙《訴外鳥忠、以下同じ》が甲に預託していた契約保証金を乙のために振替える)。

右保証金には利息を付さない。

第六条 事由の如何を問わず、乙が第一条の七ヶ年に満たない時点で本契約を解約するときは、甲は前項の保証金の内金七〇〇万円の返還義務を免責される。

但し、甲の責に帰すべき事由により、乙が解約する場合はこの限りではない。

第七条 本契約が期間満了により終了したときは、甲は乙に第五条の保証金を全額返還する。

第八条 前記第五条の保証金は乙の賃料支払をはじめ契約不履行及び不法行為によつて甲に与えることのある一切の金員支払義務を担保する。

第九条 乙は契約期間中、賃貸建物の内、店舗内部の保守、管理、修理費用を負担する。

右以外の管理、修理費用及び公租公課は甲の負担とする。

第一〇条 省略

第一一条 乙が営業上必要とする店舗の模様替、造作変更等については、乙の費用において行なうものとする。

又、乙は右工事を事前に甲に通知し、文書による承諾を得なければならない。

第一二条ないし第一六条は省略

第一七条 乙は甲の文書による承諾がなければ、賃借権の譲渡、転貸をすることができない。

第一八条 契約を終了したときは、乙は建物を原状に復して甲に返還しなければならない。

但し、甲の承諾を得て当時の現状で甲に明渡すこともできる。

第一九条 乙が本件契約の途上において解約を申し出るときは、乙は内部造作に対する一切の権利を放棄する。

但し、甲に責のある場合はこの限りではない。

第二〇条は省略

第二一条 丙は右二〇ケ条にわたる甲、乙間の約定を承認し、ここに右約定により乙が負担する一切の債務を連帯保証する。

第二二条 甲、乙及び丙は右約定に定めのない事項については相互に誠実に協議し、契約の継続に努めるものとする。』

(5)  そこで原告会社は、昭和五五年七月一四日の契約により、本件建物を賃料一か月金六〇万円、賃借期間昭和五五年八月一日から同六二年七月三一日までの七年間との約定で賃借することとし、そこで、レストラン「かに船」との商号で営業を開始したがその後の営業活動が思わしくないため、昭和五九年九月末日をもつて、本件賃貸借契約を解約した(この事実は当事者間に争いがない)。

三(一)  本訴請求の原因(四)の事実および本件建物には、当初の賃借人である訴外鳥忠が、昭和五四年八月ころ、レストラン用店舗として、本件鳥忠の造作工事を施工した事実は当事者間に争いがない。

(二)  本件建物の内装工事は、前項(1)で認定のとおり、訴外鳥忠が施工することに賃貸人たる被告は同意していること、そして、その後本件建物について、賃借人が訴外鳥忠から原告会社に交替することを承諾していること、証人阿部秀夫の証言によると、原告会社は、訴外鳥忠から本件鳥忠の造作を賃借人の交替の際金一五〇〇万円で譲り受けたことが認められる。更に弁論の全趣旨によると被告は、右譲渡の金額はわからないと述べているが、原告会社が従来どおり、本件鳥忠の造作を使用収益することについてはなんら異議を述べていないことが認められる。

四(一)  <証拠>によると次の事実が認められる。

(1) 訴外鳥忠は、被告から本件建物を賃借するにあたり、内装はすべて訴外鳥忠が施工することとし、そこで、訴外株式会社高橋組に請負わせて、本件建物について、いわゆる訴外鳥忠の造作として、「①外構工事②家具工事③木製建具工事④塗装工事⑤内装工事⑥看板工事⑦電気工事⑧給排水衛生ガス工事⑨冷暖房工事⑩厨房設備工事等を施工し、その費用は総額三〇〇〇万円程度かかつたこと、その後原告会社は、訴外鳥忠から、その造作設備一切を総額金一五〇〇万円で買い受けたこと、

(2) 原告会社が本件において、借家法五条にいう造作として主張する物件は、別紙物件目録(二)①ないし⑨記載の本件造作等であり、これらは、すべて、訴外鳥忠が被告から本件建物を賃借する際、被告の同意(明示と黙示を含む)を得て設置したものであること、

(3) 原告会社が、本件建物を被告から賃借した後、本件店舗の造作設備等の改装工事なし、その都度被告の同意を得たとの事実は認めることはできないし、被告と原告会社との間の本件賃貸借契約によると賃借物の模様替、造作変更については事前の文書による承諾が必要とされているが、右事実を証する文書は提出されていないこと、

(二)  そうすると、本件において、原告会社が借家法五条にいう造作買取請求権の対象として、その買取を主張できる物件は訴外鳥忠が被告の同意を得て、本件建物に設置した本件鳥忠の造作物件に限られるということができる。そして、原告会社において主張する本件造作等の各物件が本件訴外鳥忠の造作と一致するか否かについて疑問の余地がないわけでもないが、本件訴訟の提起後における当事者双方の合意により、本件造作等の各物件のみが、原告会社が訴外鳥忠から買受けた物件であり、これについてのみ、いわゆる買取請求権を行使したとするということで更に検討を進めることとする。

五そこで、本件建物についての本件造作等について検討する。

(一)  借家法第五条による建物賃借人の造作買取請求権にいう造作とは、「建物に附加された物件で、賃借人の所有に属し、かつ建物の使用に客観的便宜を与えるものをいう。」(昭和二九年三月一一日最高裁判決・民集八巻三号、六七二頁参照)と解すべきである。

このことは、賃貸人が賃貸借契約の終了により建物の返還を受けたうえで、その本来の使用方法に従つて利用できる場合に限る必要はない。なぜなら、借家法に定める造作買取請求権は、不動産の利用に関し、資本投下の結果が有形的に独立の存在を有しない場合に肯定される有益費償還請求権の趣旨をも活用したうえで、賃借人たる借家人を保護し、借家人が投下した資本を回収することを可能ならしめる趣旨に解釈するのが妥当であるというべきである。

そうすると、造作として、仮に一体の設備があり、各部品は独立した物として分離が可能であるが、それが一つの設備の中に組みこまれている場合、そして、それらの設備が建物に附加され、建物の使用に客観的な便益を与えているような場合には、一式の設備として買取請求権の対象となることがあるものと解し、それらはその時価によつて評価するのが相当というべきである。

しかしながら、賃借人がその建物の利用にあたり特殊の目的のために使用することとして、特にその建物に附加した設備等は含まれないというべきである。

(二)  本件における本件造作等は、被告と訴外鳥忠との間の賃貸借契約において、訴外鳥忠が、賃貸人である被告の同意を得て設置した物件であり、それらを原告会社が被告の承諾のもとに訴外鳥忠から買受けて使用してきたものである。

(三)  そこで原告会社の主張する本件造物等の本件①ないし⑨の各物件について、個々的に検討を加えることとする。

<証拠>を総合すると次の各事実が認められ、その事実によると本件造物等の本件①ないし⑨の各物件についてそれぞれ、次のように認定することができる。

(1) 本件①の厨房、調理用品等一式(甲第六号証の九ないし一二、甲第一〇号証の(1)ないし(50)、乙第一九号証の一九ないし三四の各写真参照)は、大衆割烹を営業目的とする訴外鳥忠が設置したものであり、その物自体は本件建物を使用して割烹やレストラン等の飲食業を営むについてはその物の存在は建物の使用に客観的な便益を与える物ということができる。それは、本件建物の使用目的がレストラン経営のために建築され、その形状も居住用建物としては不適当であることを考慮すると、本件①の物件の調理台、レンジ、食器棚(ただし、冷蔵庫は借家法五条にいう造作にはあたらない)、等は、建物に固定されており、かつ、割烹料理を営む業種についてしか利用できないというものでないかぎりは、レストラン用店舗としての本件建物の客観的用途からみて、借家法五条にいう造作と解するのが相当である。

(2) 本件②広告塔(甲第六号証の三の写真参照)は、コンクリート基礎付で、本件建物より離れて敷地の東隅の部分に設置されており、レストラン経営を目的として建築された本件建物の賃貸借であつても、常に必らずしも必要なものとはいえないし、賃借人がその建物を特殊の目的に使用するために特に附加した設備ということができ、そうすると造作には含まれないと解する。

(3) 本件③の冷凍庫およびその収納小屋(甲第一〇号証の(51)の写真参照)は、訴外鳥忠が、被告の同意を得て、収納小屋の設置とともに、これに適合した冷凍庫を据え付け固定したものであり、それには、本件建物から配管等が連結されており、その収去は著しく困難であることが認められるが、この冷凍庫を収納した小屋は、賃借建物である本件建物に建て増し部分として建築したものであり、本件建物とは別個の建物と認めるのが相当であり、冷凍庫が重量があり、その収去が困難であるとの一事をもつて、建物に附加した造作と認めることはできない。

(4) 本件④の燃料地下タンク一式(乙第一九号証の四〇の写真参照)は、屋外にあり、本件建物に連結されているが、タンク自体は本件建物の建ている敷地部分に埋めこまれてあり、地上部分にも付属の部品のあることも認められるが、右タンク自体を右土地から分離することは物理的に不可能ということができ、これは、まさに土地の一部と解するのが相当であり、従つて、造作と認めることは相当でない。

(5) 本件⑤の立像(小便小僧像)は、それ自体で独立性があるということができ、造作と解すべきではない。

(6) 本件⑥の空調、ボイラー、ダクト等設備一式(甲第一〇号証の(52)ないし(59)、乙第一九号証の三五ないし三九の各写真参照)は、個々の部品の中には、それぞれ独立性を持つている物も認められるが、電気や水道の引込工事等が造作と認められるとするならば、本件⑥の空調、ボイラー、ダクト等の設備一式は、現在の住生活を考慮し、本件建物が営業用の店舗であることも併せ考えると、いわゆる造作と解するのが相当である、

(7) 本件⑦の花壇工事(甲第六号証の二、乙第一九号証の三および四の各写真参照)は、本件建物とは別個の物というべきであり、例えば庭木、庭石、看板や店の日除け等と同じように考えると、これらは、本件建物に附加し、建物の使用に客観的便益を与えるものとはいうことはできず、従つて造作と解することは相当でない。

(8) 本件⑧の客室仕切り、食卓、イス等(甲第六号証の四ないし八、乙第一九号証の七ないし一六の各写真参照)は、食卓やイス等は、床に固定させられてはいるが、これらは、動産として移動が可能であり、従つて、家具什器と同様に独立性を有しているということができ、いわゆる造作と解することは相当でない。しかし、客室の仕切りその他の畳敷きの部分については、造作と解するのが相当である。

(9) 本件⑨の本件建物内装および設備工事一切(甲第一〇号証の(60)ないし(63)、乙第一九号証の四一ないし四四の各写真参照)は、壁の付設物、吊り照明器具を除き(これらは、いずれも取りはずしが出来るし、その点での独立性を有し、それらの物が、本件建物の使用に客観的便益を与える物とはいえない)その余の電気などの引込設備等は、附加された建物に便益を与える物ということができ、いわゆる造作に該当するということができる。

(四)  以上を総括すると、本件建物における造作は、本件①の厨房、調理用品等一式、本件⑥の空調、ボイラー、ダクト等設備一式、本件⑧の食卓と椅子を除くその他の部分、本件⑨のうち電気の引込工事等が、借家法五条にいういわゆる造作にあたると解すべきであり、その他の物件は、借家法五条にいう造作には該当しないものというべきである。

(五)  そうすると、次に、賃借人たる原告会社が主張する本件造作等のうち、法律上造作と認められる物件について、その時価の検討に入らなければならない。時価算定の時期は、本件賃貸借契約の終了時である昭和五九年九月三〇日における時価によるのが相当である。

(1) <証拠>によると次の事実が認められる。

(イ) 原告会社は、訴外鳥忠から、本件造作等を含め、当時訴外鳥忠が大衆割烹店の開店のために必要として施工した諸設備一式(これらすべてを原告会社は造作という)を一五〇〇万円で買い受けたこと、しかし、右造作と称する物のうちで、当裁判所が借家法五条にいう造作と認めた物件の各価格を算定するについては、訴外鳥忠が請負工事として注文をし、その際、工事の見積書として昭和五四年六月当時に訴外鳥忠に対して提出された書類(甲第四号証の一)によると、本件造作等の本件①の厨房、調理用品等一式については、当初の施工工事の際の見積りとしては(甲第四号証の一の見積書四〇ページから四六ページ参照)合計金六五〇万円となつており、本件造作等の本件⑥の空調、ボイラー、ダクト等設備一式については、その見積りは(同見積書二八ページから三九ページ参照)合計金九九〇万三三四〇円となつており、本件造作等の本件⑧の客室仕切り、食卓、イス等については、食卓、イス等はボルトで固定されているが、これらを除いて、その見積りは(同見積書の六ページ参照)木製建具工事として合計金八一万三〇〇〇円となつており、本件造作等の本件⑨の本件建物内装および設備工事の一切としての一部として電気設備関係の見積りは(同見積書の一〇ページから一九ページ参照)幹線動力設備、電灯コンセント設備照明器具設備、電話配管設備、放送配管設備を含め合計金四八〇万円となつていること、

そして右の各金額の単純合計額は、金二二〇一万六三四〇円となる。

(ロ) しかしながら、右金額で示される各物件の中には、借家法五条にいう造作に含まれない物件もあり、それらの価額を控除することにして、借家法五条にいう造作について、施工工事の発注時の価額を算定し、それを本件における造作買取請求権行使の時の時価を算定する基準とすることは、現時点においては、到底不可能といわざるを得ない。

(ハ) そこで、当裁判所としては、本件賃貸借契約における賃借人たる原告会社が、その所有に属する借家法五条にいう造作として、その買取請求権を行使した時点で、その各物件の時価は、原告会社が訴外鳥忠から買い受けた価格とその中で当裁判所が造作と認めなかつた物等その他の諸事情をも考慮し、大雑把にいつて、金二〇〇万円と算定するをもつて相当と認める。

六原告会社の主張する保証金の返還請求について検討する。

(一)  原告会社が被告に対し、昭和五九年七月二五日到達の書面で、同年九月末日をもつて、本件賃貸借契約による借家権を放棄する旨の意思表示をなしたこと、原告会社は、右通告期限の同年九月三〇日に、原告会社が主張している本件造作等を本件建物内にそのまま存置したまま、被告に本件建物の鍵を交付して本件建物を明渡したことは、当事者間に争いがない。

(二)  原告会社の本件賃貸借契約による賃借権の放棄にあたり、右契約の契約条項(契約書第六条)により、原告会社は、被告に対して、金一〇〇〇万円の保証金のうち金三〇〇万円の返還請求権を有し、これを被告も認めており、更に原告会社は、被告に対し、昭和五九年二月に被告との間で成立した賃料支払契約により、被告に対し、金八〇万円の支払義務を有していること、従つて、右被告の賃料支払債権による金八〇万円と、原告会社の被告に対する金三〇〇万円の保証金返還債権とを互いに相殺し、その結果、原告会社は、被告に対し、金二二〇万円の支払を求める債権を有していることは、被告の認めるところである。

(三)  被告の原告会社に対する保証金返還債務の履行期は、返還時期につき特約などの認められない本件においては、本件賃貸借契約の終了時である昭和五九年九月三〇日以後であるということができる。従つて、原告会社は、被告に対してその翌日である同年一〇月一日からは遅延損害金の支払を請求することができるというべきである。

(四)  被告は、保証金の返還債務を認めながらもこれに対し、右保証金の支払いをしないのは、原告会社が本件賃貸借契約の終了にあたり、本件建物の原状回復義務を完全に履行しなかつたためと主張するが、それも単なる清掃が充分でなかつたとの主張(ただし、原告会社は清掃のうえ明渡したと主張している)であり、それが、本件保証金の支払をしないことの法律上の主張と解することはできない。

もつとも、被告が更に主張する、原告会社の原状回復義務の中には、原告会社が主張し、被告がこれを争つている本件造作等の存置による原状回復義務違反があるとの主張も考えられるが、右の主張については、後述のとおり、被告の右主張は採用のかぎりではない。

(五)  原告会社は、被告との間の本件賃貸借契約に関する賃借権の放棄により、原告会社から被告に対して支払つた保証金一〇〇〇万円のうち金七〇〇万円については賃貸人である被告において支払義務が免責される条項の適用は、借家法の趣旨に反する暴利行為であり、公序良俗に違反して無効と解すべきであるとして縷々主張するが、被告と訴外鳥忠との関係、被告と原告会社との関係、その他本件賃貸借契約締結に至る諸事情を考慮すると本件における保証金(その実態はいわゆる敷金と解される)の額と、その不返還の特約には、公序良俗違反と断ずべき事情があつたと認めることは相当でないというべきである。従つてこの点に関する原告会社の主張は採用できない。

(反訴請求について)

七反訴請求の原因(一)(二)の事実は当事者間に争いがない。

八そこで、本件建物についての本件賃貸借契約の終了により、原告会社が、原状回復義務を履行したか否かが問題となるのでその点につき検討する。

(一)(1)  本件建物内等に、本件賃貸借契約の終了後の翌日である昭和五九年一〇月一日から同六一年八月八日までの間に、本件造作等である本件①ないし⑨の物件が存置されてあつたこと、昭和六一年八月八日に、本件①⑤⑧⑨(ただし、本件⑧については食卓とイス等、本件⑨については照明器具等)を収去したことは、当事者間に争いがない。

(2)  本件造作等として、別紙物件目録記載の本件①⑥⑧⑨(①⑧⑨については、いずれも一部)の物件が、いわゆる借家法五条にいう造作と認めるのが相当であるとすると、原告会社は、右各物件について、借家法五条によりいわゆる形成権である造作買取請求権を行使し、それにより、右各造作は、本件建物の賃貸人である被告の所有に帰することとなる。

そして、右造作については、本件賃貸借契約の終了後の昭和五九年九月三〇日に、売主たる原告会社によるその引渡義務も履行しているということができる。

(二)  これに対して、本件建物の賃貸人である被告は、原告の主張する本件造作等について、本件①⑥⑧⑨の物件を含めてそれらはすべて借家法五条にいう造作ではないと争い、それらが本件建物内に存置してある状況のもとでは、賃貸借契約の終了による賃借人の義務である原状回復義務を果していないとしていること、しかも、右各物件を本件建物内から排除するにはかなりの費用がかかることを理由として、右各物件が原告会社の所有であるから、被告としては、容易に手を触れることはできないし、そのため、右各物件の存置は、所有者としての被告の本件建物の利用を妨害し、少なくとも本件建物に対する本件賃貸借契約が終了した日の翌日である昭和五九年一〇月一日から、当事者の合意が成立して、原告会社によつて、本件建物内の各物件の搬出等が終り、被告が主張する原状回復がなされた日である昭和六一年八月八日までの間は、被告において、本件建物の使用を妨げられ、それによるその間の賃料相当の損害金が発生しそれを請求できると主張する。

そこで検討するに、弁論の全趣旨によると、本件は、原告会社の造作買取請求権の行使をめぐつて、互いにその「造作」の意義と範囲について見解の対立が生じた(それ以前に本件賃貸借契約の終了にからんで新たに賃借人を交替するということでやりとりがあつた)ことによるものであり、原告会社は、本件建物に対する本件賃貸借契約の終了日をあらかじめ予告し、その日である昭和五九年九月三〇日に本件建物についての鍵を被告に手渡して、本件建物を明渡し、被告は、右鍵を受領したこと、しかし、右の明渡に際し、本件建物内には、原告会社が主張する本件造作等が存置され、右の物件については造作買取請求権を行使したからすべて右各物件は賃貸人たる被告の所有に帰したと主張していること、これに対して、被告は本件賃貸借契約の終了による賃借人の義務として、原状を回復すべき義務があるのに、それをなさず、本件建物内に存置された本件造作等は、借家法五条にいう造作にはあたらず、従つて本件造作等は原告会社の所有物として存置され、それによる被告の所有建物の使用を妨害しているとしていたこと、そして、その後本件における和解の席上で当事者双方の合意によつて、昭和六一年八月八日に原告会社は本件建物内の本件①の厨房、調理用品等一式(甲第一〇号証の一ないし五〇の写真参照)、本件⑨の室内の照明器具(甲第一〇号証の六〇ないし六三の写真参照)および本件⑧の室内のテーブルセツト(四人組)八組、同仕切り(乙第一九号証の一〇、同号証の一二の写真参照)をそれぞれ本件建物内より収去し、あとは法律上の問題として「造作」の定義の検討によつて解決することを委ねることとしたこと、そして、更に、本件建物の鍵を交付した時の状況については、賃借人たる原告会社の主張には、借家法五条に定める造作と認められない物件も含まれていて、それが造作でないとするなら、それらに対する所有権を放棄するとし、それらも含めてすべて造作であるとし、それによつて造作買取請求権を行使したことによつて右各物件に対する所有権はすべて賃貸人たる被告に移転したとして、いわゆる造作以外の物件については、そのまま放置したといわれても止むを得ない状況のもとで、本件賃貸借契約の終了日である昭和五九年九月三〇日に本件建物の鍵を被告に交付したことが認められる。

(三)  右の事情のもとで検討してみると、借家法五条にいう造作買取請求権の行使と、原告回復義務の履行との間には、まず造作買取請求権の行使が優先するものといわなければならない。なぜなら、そうでなければ、借家法で造作買取請求権を認めた趣旨は没却されることとなるからである。

そうすると、賃貸人たる被告は、賃借人に対する本件建物についての本件賃貸借契約の終了による原状回復請求権の行使として、賃借人にその義務の履行を求め、それがないため自己の所有建物を使用収益すべき権利が妨害されたとすることは、賃貸人たる被告が、本件建物についての本件賃貸借契約の終了日に、本件建物の鍵を賃借人たる原告会社から受領して、本件建物を自由に利用できる状況となつた以上、賃借人に対し、その妨害の程度の如何によつては原状回復義務の不履行を理由とする損害の発生の主張をすることはできないこともありうるものというべきである(ただ、しかし、借家法五条にいう造作と認められない物件による所有権の侵害はあることが認められるが、その侵害の程度によりその排除に要する費用およびそれによる損害の発生は、後日金銭賠償請求をもつてすれば解決できる問題であるというべきである。)そこで賃借人たる原告会社の本件における妨害の程度について検討を加えると、収去に困難と思われる本件造作等のうち本件③の冷凍庫および同収納小屋については、それが本件家屋に建増しになつただけで、賃貸借契約の対象物であり、被告の所有権の本体である本件建物の利用にいずれ他日収去できる可能性のある右収納小屋等の存在は直ちに影響を及ぼすものとは考えられずその収去についても専門家に依頼すれば容易に可能であるといえること、そして、更に、収去については、本件造作等のうち本件②の広告塔、本件⑤の立像についても、同様にいうことができる。(そして、それに要した費用およびそれによる損害の賠償は当然に賃借人に請求できる。)そうだとすると、本件建物についての本件賃貸借契約が終了し、その賃借物の返還がなされて、自己の支配下にある本件建物とそれに付属している本件造作等の各物件について、一時的に自己の費用で収去し(それは後日賃借人に請求できる)そのうえで、自己の使用、収益が可能であるとして、それを求めることが、本件における賃貸人たる被告にとつて酷な要求ということができるであろうか。当裁判所としては、それについては消極であるといわざるを得ない。

(四)  そうだとすると、本件建物について、本件賃貸借契約が終了して、本件建物についての鍵の交付を受けた賃貸人たる被告は、右契約終了後は、自己の責に帰すべき事由によつて本件建物の使用をしなかつたというべきであり、その間の本件建物を使用できなかつたことを理由とする損害金の発生による損害賠償を賃借人たる原告会社に対して求めることは信義則上からいつて許されないものというべきである。

(五)  そうだとすると、原告会社が、借家法五条にいう造作を除くその余の本件造作等による本件建物の利用を妨げたとする被告の本件反訴請求は理由がないことに帰する。

九そうすると、原告会社は、被告に対して、本訴請求として本件賃貸借契約の終了による保証金残額金二二〇万円の返還請求と、借家法五条にいう造作買取請求権の行使による売買代金請求として金二〇〇万円の合計金四二〇万円の支払いと右金員に対する本訴状送達の翌日であることが記録上明らかである昭和五九年一〇月二八日から支払済みに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるので、正当としてこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、他方被告が原告会社に対する反訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担については、本訴、反訴を通じ、民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言については、同法第一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官小野寺規夫)

別紙物件目録(一)

新潟市平島二丁目五番七、同番八、同番一三所在

鉄骨平家建瓦葺店舗 一棟

床面積 271.35平方メートル

物件目録(二)

① 厨房、調理用品等一式

② 広告塔(コンクリート基礎付)

③ 冷凍庫および同収納小屋

④ 燃料地下タンク一式

⑤ 立像(小便小僧像)

⑥ 空調、ボイラー、ダクト等設備一式

⑦ 花壇工事

⑧ 客室仕切り、食卓、イス等

⑨ 右の他建物内装及び設備工事の一切

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